秘密の地図を描こう
33
護衛だ、と言われた人物はどこかであったような記憶がある人物だった。
「……あの……」
自分の錯覚だろうか。そう思いながらキラは声をかける。
「カナードだ」
そうすれば、彼は即座にこう言い返してきた。
「カナードさん、ですか?」
その名前に聞き覚えはない。だが、確かにどこかで見かけたような気がするのだが、と首をかしげた。
「お前とは、たぶん初対面だ……物心ついてからは、だが」
さらりととんでもないことを付け加えられたような気がするのは錯覚だろうか。
「……まさか」
後考えられるのは、自分が覚えていないほど昔。つまり、自分が生まれる前後、と言うことになる。
「そのあたりのことは、後でマルキオにでも聞いておけ」
自分からは話すつもりがない。彼は言外にそう告げている。
「それに、俺が契約した時間は四時間だけだぞ」
時間を過ぎたら途中でも放っていく。カナードはそう宣言してくれた。
「……それは……困りますね」
そうなれば、一緒に出かける予定のレイに負担をかけてしまう。一応、変装のためにウィッグとめがねをかけてはいるが、目敏い人間であれば自分だと気づくだろう。
その結果、また、周囲に迷惑をかけるわけにはいかない。
「わかりました。機会があれば、話を聞かせていただきます」
切れはそう言って引き下がる。その瞬間、彼は小さなため息をついた。
「カナードさん?」
どうかしたか、とキラは問いかける。
「気にするな」
何でもない、と彼は言う。
「それよりも外でしびれを切らしているやつがいる」
行かなくていいのか? と話題をそらすように付け加えられた。
「レイは過保護だから」
本当に、と言いながら体の向きを変える。そして、そのまま歩き出した。
「まさか、これが《最高のコーディネイター》だとはな」
その瞬間、カナードの口からこんなセリフがこぼれ落ちる。
おそらく、彼は自分自身にだけ聞こえるような声量で告げたのだろう。しかし、それを自分の耳がしっかりと聞き取ってしまっただけだ。
だから、聞かなかったことにしておこう。そう判断をする。
「キラさん、大丈夫でしたか?」
廊下に出ると同時にレイが問いかけてきた。
「大丈夫だよ、レイ。心配しすぎ」
そんな彼にキラは苦笑を向ける。
「ギルさんが僕を危険にさらすはずがないでしょう?」
ちょっと遊ばれる可能性はあるけど、とこっそりと付け加えた。
「……そうかもしれませんが……」
それでも心配なのだ、と彼は言う。
「夕べも、少し熱を出されていたでしょう?」
精神的なもので、と言われては否定のしようもない。
「でも、もう大丈夫だし」
明日からは検査が待っているから、とキラは言う。
「それが心配なんですけどね」
言葉とともに彼は当然のようにキラの手を握りしめた。
「ルナマリアのわがままがなければ、今日ものんびりとしていたかったのですけどね」
仕方がない、と彼は付け加える。
「女性は味方につけておいた方がいいよ」
そんな彼に向かってキラはそう言った。
「僕のことを最後まで心配してくれたのは、女性陣だったし」
最初から一緒にいたメンバーでは、と笑う。
「……そういうものですか?」
「そういうものみたいだね」
少なくとも、ディアッカが自分達に味方をしてくれたのはそのせいだし、とキラは言い返す。
「もっとも……最後までわかり合えなかった人もいるけどね」
もう一度話ができていたら、自分達の関係は変わっていやのだろうか。
だから、ラウには生きていてほしかったのかもしれない。
心の中でそう付け加えたときだ。まるで慰めるかのようにカナードがキラの頭に手を置いてくる。
「カナードさん?」
何ですかと視線を向けても、彼はその理由を教えてはくれなかった。